大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)409号 判決 1984年4月26日
兵庫県姫路市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
末澤誠之
大阪市<以下省略>
被告
株式会社日本貴金属
右代表者代表取締役
Y1
同所同番同号同ビル同階株式会社日本貴金属内
被告
Y1
大阪府豊中市<以下省略>
被告
Y2
兵庫県西宮市<以下省略>
被告
Y3
大阪市<以下省略>
被告
Y4
同所同番同号同ビル同階同社内
被告
Y5
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金五二六万四六四三円及びこれに対する昭和五七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告らの負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一 原告の申立
主文同旨。
第二 請求原因
一 当事者
被告株式会社日本貴金属(以下「被告会社」という。)は、「香港純金塊取引」と称する香港の金取引所における金地金取引(以下「本件金取引」という。)の代行を業務とする株式会社であり、被告Y1(以下(被告Y1」という。)、同Y2(以下「被告Y2」という。)及び同Y3(以下「被告Y3」という。)は、いずれも被告会社の代表取締役であり、被告Y4(以下「被告Y4」という。)及び被告Y5(以下「被告Y5」という。)は、いずれも被告会社の従業員であって、原告と直接面談した者である。
原告は、家庭の主婦である。
二 被告らの不法行為
1 原告と被告会社との取引の経過の概要
(一) 原告は、昭和五七年一〇月頃、被告Y4らの訪問を受け、同人らから、本件金取引は公正な公認の市場である香港金銀業貿易場において行なわれること、本件金取引を行なえば一ヵ月程で銀行や郵便局の利息の二ないし三倍の利益が確実に出ること、一、二ヵ月たてば原告の支払った金員は必ず返還すること、それについては被告会社が責任を持つこと、などの説明を受けたうえ、本件金取引を被告会社に委託するよう勧誘を受けたため、本件金取引の仕組や本件金取引に多大のリスクが伴うことも十分理解できないまま、右被告Y4の言葉を信じて、本件金取引を被告会社に委託する旨承知した。
(二) そして、原告は、被告Y4から言われるままに金地金の買注文を行ない、自己の退職金から昭和五七年一〇月七日には一〇〇万円、同月八日には三〇〇万円、同月九日には一三一万四六四三円(以上合計五三一万四六四三円)を、それぞれ本件金取引の代金として被告会社に交付した。
(3) その後、原告は、本件金取引を早急に精算するよう被告Y4に要求したが、同被告は、原告の右要求に従うどころか、かえって原告に無断で新たな金地金の買取引を行なった。
(四) そして、被告Y4は昭和五七年一〇月一二日頃以降姿を消し、被告Y5が代わって原告と交渉を行なったが、同被告は、金の値が下がったと称して、突如四〇〇万円の追加代金を原告に請求してきた。
2 違法行為
(一) 重要事項の告知義務違反
本件金取引は、外国における金の先物取引を目的とするものであるが、原告を含む一般人には外国の商品取引についての基礎知識がなく、とくに金に関しては、その価格が国際政治・経済・社会・通貨・投資家の状況など諸々の要因により決定されるにもかかわらず、その正確な情報も十分に入手し難い状況にあるうえ、昭和五七年三月二三日に東京金取引所が開設されるまではその公認市場もなかったのであり、さらに外国の商品についての先物取引の方法も未だ確立していないのであるから、被告会社は、本件金取引を勧誘するにあたっては、左の(1)ないし(3)の重要事項を明確に告知すべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、かえって前記1(一)に記載したように原告に対し虚偽の事実を告知した。
(1) 本件金取引の仕組・形態(なお、被告会社から交付された「顧客承諾書」等(甲第一〇号証)は、内容が明確でなく、右承諾書を精読しても取引の具体的内容は全く不明であるから、単に右各書類を交付したというだけでは、被告会社は本件金取引の仕組・内容を告知する義務を尽くしたとはいえない。)。
(2) 本件金取引が、日本における公認の金取引市場で行なわれるものではなく、外国の取引市場において行なわれる先物取引であって、極めて高度の投機性を有する取引であること、及び、その前提として先物取引一般の仕組ならびに取引価格の決定方法。
(3) 本件金取引の取引単価が高額であり、被告会社において委託者に高額の保証金を預託させるため、被告会社の保証金返還能力を示すものとしての純資産額及び財産状態、その他本件金取引に関する基本的本質的事項。
(二) 積極的詐欺手段による違法な勧誘行為
(1) わが国においても既に東京金取引所が開設されているにもかかわらず、被告会社が前記1(一)に記載のとおり、香港金銀業貿易場のみが唯一の公正な公認の金取引所であるかの如く申し述べ、また、本件金取引が高度の投機性を有する先物取引であるのにかかわらず、被告会社が原告に対して、本件金取引を行なえば必ず儲かるなどと説明して取引を勧誘したのは、詐欺そのものであると言わねばならない。
(2) 商品先物取引においては、顧客保護のため、全国商品取引所連合会と全国商品取引員協会連合会が、先物取引業者の受託業務に関し、(イ)無差別の電話勧誘、(ロ)経済力のない客等に対する勧誘、(ハ)受託者が錯覚するような方法による勧誘、(ニ)無意味な反覆売買(いわゆる「コロガシ」)、(ホ)適当な売買取引の要求、(ウ)一口制の勧誘、等を禁止事項として定めている。
しかるに、被告会社は、(イ)新規委託者の開拓を目的として、全く面識のない不特定多数の者に対して無差別に電話を行ない、(ロ)商品取引員の受託業務の改善に関して昭和五三年九月一日商品取引業界で締結された新規取引不適格者参入防止協定等によれば、家庭の主婦は同協定にいう「新規取引不適格者」に該当するにもかかわらず、家庭の主婦である原告に対し新規取引の勧誘を行ない、(ハ)前記1(一)に記載のとおり、投機的要素の少ない取引であると原告が錯覚するような方法で本件金取引の勧誘を行ない、(ニ)短期間のうちに頻繁に売買いの取引を原告に行なわせるとともに、明らかに手数料を稼ぐことのみを目的としていると思われる新規建玉を原告に行なわせ、(ホ)原告の取引において利益が出た場合には、右利益を証拠金として増積みして新たな金取引を行なうよう執拗に勧誘し、(ウ)原告に対し、一ユニット(三・七四三キログラム)が取引所の定めた最低の取引単位であるかの如く説明して、取引所の実際の取引単位より大きな枚数を取引の単位として原告に本件金取引を行なわせた。
これらはいずれも、前記受託業務に関する禁止事項に違反する違法な勧誘行為であるというべきである。
(三) 公序良俗違反
(1) 本件金取引は、被告会社が、香港における金銀の先物取引市場である香港金銀業貿易場の正会員「宝発金号」のわが国における総代理店である「香港ゴールドトレーディングユニオン」に加盟する一代理店として、日本の顧客を勧誘し、顧客から売買注文を受託すると、右ユニオンを経由して宝発金号が右貿易場において金の先物取引を行なうという仕組になっている。ところが、そもそも右貿易場における取引自体、その金価格が需要と供給によって自由かつ公正に形成されているという保証が全くないうえ、右貿易場と原告ら委託者との間にはユニオンや宝発金号などが介在しているため、果して原告の注文が右貿易場にまでそのまま取次がれているものか疑問であるし、原告を含む末端の委託者から右貿易場の正会員である宝発金号に対し、取引から生じる責任を追求する手段や方法もない。
(2) 前記2(一)に記載のとおり、被告会社は、原告に対し、重要事項を告知していない。
(3) 被告会社は、本件金取引における取引量・取引額の大きさに比して、その財産的基礎が脆弱で、取引から生じる責任を全うできる保障がなく(国内の商品取引においては、委託者保護のため、委託証拠金の分離保管や社団法人商品取引受託債務補償基金協会の制度が設けられている。)、しかも、その人的構成の点でも、業務を公正かつ的確に執行することができるだけの知識や経験を有しているとは認められず、かつ社会的信用もないのである。
(4) 本件金取引は、前記1(一)(二)に記載のとおり、被告会社が一応原告の注文を受託して右貿易場に取次ぐという形式を採ってはいるものの、その実体は、本件金取引に関し圧倒的に多くの知識・情報を有している被告会社が、先物取引に無知な原告に対し一任売買を勧め、その具体的指示を得ないままに勝手に取引を行なったというものであり、形式を取り繕いながらもその実、自己の意のままに顧客を利用した悪辣な違法行為であるというべきである。
(5) 被告会社は、前記1(三)(四)に記載のとおり、原告の行った保証金・利益金返還の要求を拒絶するとともに、右金員を原告に無断で流用して、原告の損失を拡大させた。これは、商品取引所法九四条一項四号、同施行細則七条の三第一号で禁止されている違法な行為である。
以上(1)ないし(5)において主張したところによれば、被告会社の企画・実施した本件金取引は、明らかに公序良俗に違反する違法な取引であるというべきである。
3 共同不法行為責任
被告会社は以上のような行為をしたが、その行為により原告に後記のような損害を生ずるかも知れないことを会社として承知していたものである。そして、被告会社代表取締役である同Y1、同Y3及び同Y2、その営業担当従業員である同Y4及び同Y5は、いずれも本件金取引を行なえば原告に後記のような損害の生ずるかも知れないことを承知しながら、被告会社の名で前記の違法な本件金取引を企画・実施・推進し、原告を顧客として勧誘のうえ、本件金取引によって原告に後記損害を発生させたものである。結局、被告らは、いずれもいわば会社ぐるみで右違法行為に共同加功した者であるから、各自、原告に対し、民法七〇九条に基づき後記損害を賠償すべき責任がある。
三 損害
1 原告は、前記二1(二)に記載のとおり、被告会社に対し、代金名下に合計五三一万四六四三円を支払い、右相当額の損害を被った。
2 原告は被告らの前記不法行為により、長年の勤務の結果取得した退職金を奪われたため、その後は不安で夜も眠れない日が続き、精神的に多大の苦痛を被った。この精神的苦痛を慰藉するに足る金額は、二〇万円を下らないというべきである。
3 原告は、右各損害の賠償を求めて原告訴訟代理人に訴訟手続を委任し、その費用として原告の右各損害の一割相当である五〇万円を支払う旨約した。
四 損害金支払約束と内入弁済
なお、被告Y4、同Y5を除く被告らは、原告に対し、昭和五八年六月一三日、右損害金六〇一万四六四三円の支払義務があることを確認したうえ、その一部を割賦弁済することとし、(約定どおり割賦弁済を履行すれば原告から残債務の免除を得るが、)約定の割賦払を一度でも遅滞したときは当然に期限の利益を失いその時の右損害金全額に対する残額全部を一時に支払う旨を約した。
その後右約をした被告らからは約定の期限に遅れて合計七五万円の支払があったのみであり、同被告らは期限の利益を失って残金全部を一時払いすべき義務を負っている。
五 よって、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記三記載の合計金六〇一万四六四三円のうち、既に右四の約をした被告らから支払のなされた七五万円を控除した五二六万四六四三円、及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和五七年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 被告らは、本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた答弁書には、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める。請求原因事実のうち、被告Y1、同Y3及び同Y2が被告会社の代表取締役であり、被告Y4及び同Y5が被告会社の従業員であること、原告が合計五三一万四六四三円を被告会社に交付したことは認めるが、その余の事実・主張はすべて争う。」旨の記載がある。
第四 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 弁済の全趣旨により成立の認められる甲第一号証、第三号証の一ないし三、第一〇、第一一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 被告会社は、昭和五七年当時、香港金銀業貿易場会員である宝発金号の日本における日本総代理店業を営む香港ゴールド・トレーディングユニオンに加盟し、「香港純金塊取引」と称する金地金に関する取引を行なっていたものであり、被告Y1、同Y2及び同Y3はその代表取締役であり、同Y4及び同Y5はその従業員であった。(以上のうち、被告Y1、同Y2及び同Y3が被告会社の代表取締役であり、同Y4及び同Y5がその従業員であることは、当事者間に争いがない。)。
2 原告は、中学を卒業後、洋裁の専門学校を経て、東芝に入社し、以後二六年間同社姫路工場に勤務したのち、昭和五五年に同社を退職し、当時家庭の主婦であった者であって、本件金取引を行なうに至るまでは、株式取引や商品取引をした経験がなかった者である。
3 原告は、昭和五七年一〇月五日、被告会社の女性従業員から、「金に興味ないか」、「一度セールスマンを寄こすから話を聞いて欲しい」旨の電話による勧誘を受け、同日、被告会社の従業員Aが原告方に来訪して、原告に対し、金の延棒のような小さい見本を見せながら、「金があれば値上がりして儲かるから買って儲けて下さい」、「近所の人も数百万円で買ったものが一千万円になって儲かった」、「一ユニットは一〇〇万円であるから三ユニット買って欲しい」などと述べて金取引を勧誘した。
原告は、前記のとおり、長年工員として務めた後現在まで主婦として生活している者であって、株式取引の経験も無かったので、Aに対し、「現実にその金をもらえるのか、どうして金で儲かるのか」などと尋ねたところ、Aは、「金は会社が保管し、会社の方で金の売買をしている、ほとんどの客もそうしている」などと答えたため、原告は、一〇〇万円を支払って一ユニットの金を買えば、直ちにそれをもらえなくとも、いずれ金の現物を手に入れることができるものと思い込み、一ユニットの金がどれ位の量になるのか、当時一グラムの金の値段がどれ位のものであったのかなどは全く知らないままに、1ユニットの金の買受を被告会社に依頼する旨承諾した。なお、この際、Aは、原告に対し、金の保管料、金売買の手数料については説明しなかった。
4 翌一〇月六日、今度は被告Y4が原告方に来訪し、「昨日はAが来て説明をしただろうが十分でなかったようなので来たのだ」と来訪の目的を告げるとともに、金を買えば儲かる旨の話を大まかにしたのち、原告に被告会社まで来てくれと語ったので、原告と被告Y4とは、同被告の車で姫路駅南側にある被告会社姫路支店に向かった。車中、被告Y4は、「銀行などでは一〇〇万円を一年間預けてもわずかな利息しかつかないが、金を買えば、一週間もしたら一〇万円も儲かる」などと語った。
支店に着くと、原告は、被告Y4のいうままに、金一ユニットの買取引を委託する旨を承諾した。その際か、または翌七日、原告は、被告Y4の指示により、右委託の趣旨を記載された注文書に、住所・生年月日・電話番号を記入するとともに、注文者欄に署名・押印した。また、右六日、原告は、被告Y4から、「香港純金塊取引システムについて」と題する書面を見せられ、同日か翌七日に同書面及び「香港純金塊取引顧客承諾書」と題する書面に、被告Y4の指示により署名・押印したが、右各書面の内容につき全く理解できないまま、右被告Y4の指示に盲従して署名・押印を行なったものである。なお、この時にも、金取引の手数料や金の保管料については、被告Y4から説明がなされることはなかった。
5 原告が右支店へ行った日の翌日である一〇月七日午前、被告Y4は、前日原告が委託した買取引の代金を受領すべく原告宅を訪れたので、原告は同被告に対し一〇〇万円を支払ったが、この際にも、取引手数料については被告Y4から何の説明もなされなかった。
6 同日午後、被告会社から原告宅に電話があり、「昨日原告が注文を出した金取引が儲かった。さらに三ユニット買わないか」とのことであったので、原告はこれを承諾し、翌一〇月八日朝には、代金受領のため原告宅を訪れた被告会社の者に対し、前日注文した三ユニット分の買受代金三〇〇万円を支払った。
7 一〇月八日夕刻、再び被告Y4が、原告宅に電話をかけてきて、「前日の取引でまた利益が上がった。あと一三一万四六四三円を支払えば、七ユニットの金を買ったことになる。」と、新たな取引をもちかけてきた。これに対し、原告は、一応これを承諾したものの、次第に支払代金が多額になっていることに不安を覚えたため(なお、原告は、原告の退職金を郵便局に定額預金しておいたものを解消して、右各代金の支払をしたものである。)、翌一〇月九日、代金受領のため原告方を訪れた被告Y4に対し、「これで買取引は終わりにして欲しい。それを約束するなら金を支払う」と述べたところ、被告Y4が「約束する」と答えたので、原告は、安心して右一三一万余円の支払を行なった。
8 ところが、被告Y4は、翌一〇月一〇日、原告宅に電話をかけてきて、「昨日の取引で利子が出ているので、原告の買取引は、七ユニットから一一ユニットになっている。昨日の約束を守れなくてすまない」と述べた。原告は、誰が取引を一一ユニットにまで拡大したのかわからないままであったが、被告会社から署名を求められた注文書には、既に一一ユニットの買注文を原告が出したように記載されてあったので、仕方なくこれに署名押印した。そして、その翌日ごろ、被告Y4は、原告宅へ謝罪に訪れた。
9 その後、突然、原告のもとに被告Y5が電話をかけ、被告Y4が転勤し、そのあとを被告Y5が引き継いだものであるが、原告と被告Y4との間の約束は被告Y5も了解している旨を告げた。被告Y5は、これまでも、原告に対する取引の勧誘等のすべての行為につき被告Y4に被告会社内で協力してきたが、被告Y4が原告に対して右のとおり謝罪するような事態になったため、以後、自己が表面に出て、原告に対して後記のような行為に及んだものである。
⑩ そして、担当者が被告Y5に替った後のある日、同被告が、原告宅に電話してきて、「金の値段が下がった。このままでは金がなくなるのでストッパーをかける」旨原告に通告した。原告は、「ストッパー」の意味が理解できず、何度も被告Y5に説明を求めたが、結局、「ストッパー」については、それを行なうためには新たな出捐は不要であり、原告が口頭で依頼しさえすればよい、といった程度しか理解できなかった。しかし、原告は、被告Y5のいうままに、「ストッパーをかける」ことを承諾した。
11 原告は、右「ストッパー」をかけるに至るまで、本件金取引のことを夫に話しておらず、また以前から被告Y4に対し本件金取引の件を原告の夫に話してくれるよう頼んではいたが、被告Y4はいつか話すと答えるのみで、一向に原告の夫に通知しようとはしなかった。そのため、原告の夫は本件金取引のことを知らされないままであったが、原告も、前記被告Y5の通告を聞くに及んで遂に夫に本件金取引の経過を打ち明けた。そして、その相談の結果、原告は、初めて、被告会社に対し支払った金を返すよう要求したが、被告会社は、逆に、「ストッパーを解くのに四〇〇万円いるから、現金で四〇〇万出せ。」と要求するようになった。
12 このような経過があったので、原告は被告らに対する不信を強くし、原告代理人に委任して、昭和五八年一月二六日、本訴を提起するに至った。その後、本訴訟の審理と併行して、訴訟外で原告代理人と被告らとの間において示談の話が進められ、同年六月二三日には、被告Y5並びに同Y4を除く各被告及び訴外Bは原告に対し、被告らが、訴状で請求されている金六〇一万四六四三円の支払義務のあることを認めたうえ、請求原因四記載のとおりの約をしたが、その後、右約をした被告らにおいて右のうち七五万円を支払ったのみで残額はまだ支払っていない。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 ところで、被告会社の扱っている「香港純金塊取引」の詳細は、右認定事実によっても不明であり(被告らは、その答弁書において「本件金取引の内容は法延で明らかにする」旨主張しておきながら八回にわたる本件口頭弁論期日に一度も出頭せず、右答弁書を提出したほかは、何等主張・立証活動をしない。)。前掲甲第一〇号証中の「香港純金塊取引システムについて」と題する被告会社作成の説明書も、その説明内容が不明瞭なため、本件金取引の仕組を理解させるに足るものではない。しかしながら、前記各認定事実及び弁論の全趣旨によれば、本件金取引は、現物取引を装いつつも実態は先物取引であって(このことは、(一)香港金銀業貿易場が、昭和五八年一月一五日施行の「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」第二条第二項に基づき、政令より先物取引市場として指定されたこと(この点は公知のことである。)、(二)前記「香港純金塊取引システムについて」と題する書面においても、その冒頭の部分では本件金取引は先物取引ではないと一応断りつつも、中程の部分では、「現地保管売買のオーバナイト(持ち越し)取引」の場合には先物取引類似の決済方法を取る旨認めていること、(三)前掲甲第一〇号証中の「香港純金塊取引顧客承諾書」第八条においては、先物取引における委託保証金と同様の機能を有すると認められる「最低受渡代金」の支払義務を顧客に負わせていること、などからも明らかである。)被告会社は、昭和五六年九月二四日に金が商品取引法の規制の対象となる商品に指定する旨の政令が施行され、かつ昭和五七年二月二三日に金の公認先物取引市場を開設する旨の政令が施行された(この点は公知の事実である。)ことから、右商品取引所法上の規制を免れるため、海外の香港金銀業貿易場における先物取引を利用した本件金取引を考案し、その勧誘を行なったものと認めざるをえない。
しかも、前記各認定事実によれば、その勧誘の態様たるや、(一)投機取引に無知な家庭の主婦である原告に対し、金の延棒らしいものを見せて金の現物は会社で保管していると述べたり、一ユニット(甲第一〇号証によれば、金三・七四三キログラムに相当するものと認められる。)は一〇〇万円であるとだけ説明し、一ユニットが実は一〇〇〇万円以上相当の金である(当時の日刊紙に公表されていた東京金取引所の金の取引価格は、いずれも一グラムあたり三三〇円を下らないから、この点も公知の事実と言ってよいであろう。)ことは一切説明しないなど、本件金取引が、その実態は先物取引であるにもかかわらず、あたかも金地金の現物取引であるかの如き印象を原告に抱かせ、先物取引としての取引の仕組を明らかにしないばかりか、相場変動に伴うリスクさえも説明せず、(二)また、原告に対し「銀行などでは一〇〇万円を一年間預けてわずかな利息しかつかないが、金を買えば、一週間もしたら一〇何万円も儲かる」「近所の人も数百万円で買ったものが一千万円になって儲かった」などと述べて、利益が生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供し、(三)昭和五七年一〇月六日に原告が最初の買注文を出すと、その翌日、翌々日には、早速「昨日の取引で儲かった」「利益が上がった」などと述べては相次いで新規の買取引を勧誘し、原告に冷静な判断を行なう余裕も与えないまま、一気に取引規模を拡大させ、(四)同月八日には、支払金員が多額になっていることに不安を感じた原告が被告Y4に対し取引規模をこれ以上大きくしないよう約束させたにもかかわらず、その翌日には右約束を無視して、原告の承諾を得ないまま一方的に買付枚数を増加させ、(五)その後金相場が下落したにもかかわらず、原告に対し「ストッパーをかける」(それが何を目的とし、いかなる内容を有する制度なのかは全く不明である。被告会社が作成した甲第一〇号証中の「香港純金塊取引システムについて」の中にも「ストッパー」についての説明はない。)などと述べては、いたずらに取引の決済を遅延させ、もって原告の損失を拡大させた、といったようなものである。
そうすると、本件金取引は、商品取引所法の規制を回避する脱法行為にあたるものというほかなく、その内容や勧誘方法は社会的に見て到底許容されない違法なものであるから、これに関与し、実行行為を分担した被告Y4及び同Y5が共同不法行為者として損害賠償責任を負うことは明らかであり、被告Y1、同Y2及び同Y3は、被告会社の代表取締役としての立場上共同加功者としての責を免れず(前記認定事実及び弁論の全趣旨により、同被告らが被告Y4、同Y5の違法行為を容認し、原告に損害を与えつづけるままにしてきたことが推定される。)被告会社も被告Y4及び同Y5の使用者として、同被告らがその業務の執行に関連してなした違法行為について損害賠償の責を負うべきものである。
三1 原告が被告会社に合計五三一万四六四三円を支払ったことは当時者間に争いがなく、その支払の経緯は前記認定のとおりであるから、原告が被告らの右違法行為により被った物質的損害は、これと同額の五三一万四六四三円であるというべきである。
2 前記認定事実に、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、被告らの右違法行為のため、自己の退職金を奪われ、多大の精神的苦痛を被ったものと認められ、右精神的苦痛を慰藉する金額としては、二〇万円が相当であると考えられる。
3 弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任するにあたり、五〇万円の弁護士費用を支払う旨約したことが認められ、本件事業の内容、本件訴訟の経緯、認容額等に鑑みれば、原告は、被告らの前記違法行為と相当因果関係を有する損害として、右金員の賠償を請求しうるものというべきである。
4 被告らは、原告に対し、各自損害金として右合計六〇一万四六四三円の支払義務を負う(なお、被告Y4、同Y5を除く被告らが右金額の損害金の支払義務を負うことを認めたことは、前認定のとおりである)ところ、そのうち七五万円について内入弁済されたことは、前記のとおりである。
四 よって、被告らに対し、各自、損害五二六万四六四三円と不法行為による損害発生後であることが明らかな昭和五七年一〇月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 本間榮一 裁判官 杉田宗久)